恵方巻ってどこから来たの?子供の頃には無かった、新しい習慣
- tetsutetsutake
- 2022年2月3日
- 読了時間: 3分
更新日:2022年2月14日
2月3日ですね!
節分です。
鬼は外、福は内!と言いながら豆まきをしたのは幼稚園ぐらいまで、だった気がします。
子供の頃は豆まきの豆を年の数だけ食べられる、ということに「早く大人になりたい!お母さんやお父さんはたくさん食べてずるい!」と言っていたような…。

ほほえましい記憶です(笑)
でも、最近はタイトルにある「恵方巻」の印象が強くなりました。
確実に子供の頃はなかったのになぁ。
そこで、恵方巻はどこから来たのか、調べてみます!
どうやら西の地方が発祥らしい
いくつか調べてみたところ、関西地方が発祥らしいので、東日本出身の私が知らないのも納得かもしれません。
江戸時代に大阪の波止場が発祥、と言われていますが。
どうも、正確な事は誰も分からないらしいんですよね。
江戸時代(末期、明治にかけて)に波止場の人たちが花街で節分お祝いで食べたとか。
商売繁盛を祈願して食べるようになったとか。
芸子や商人が遊びの一環で食べるようになったとか。
大正時代から縁起を担ぐものとしてとらえられていたとか。
調べても調べても「諸説ある」と書いてあるので、本当に正確なことが分からないのでしょう!
なんか、都市伝説的な「誰が始めたのかわからないんだけれど」という雰囲気を感じますね…。

現代での火付け役は、商魂の塊?!
一度この風習は廃れたようですが、高度成長期の日本、1970年後半に大阪海苔問屋協同組合がPRイベントを実施!
そこから風習として復活し、関西地方で定着したようです。
この「なんかいいきっかけ無いかな!?」「そのまま売り上げにならないかな!?」と探して歩く着眼点、見習いたいですね。
まだここまでだと関西地方限定!
どうやって全国展開させていったのか…。
それは、某大手コンビニチェーンが1989年に広島県で販売を開始し、徐々に日本全国へ展開していったとか。
こうして全国どこでも売っている、もはや定番、という立場を手にしていったのですね!
ちなみに、「恵方巻」の名付け親もこの某コンビニチェーン。それまでは「丸かぶり寿司」や「太巻き寿司」と呼ばれていたそうです。
きらりと光るネーミングセンスも、全国に拡がったきっかけかもしれませんね。

今年の恵方は「北北西微北」
どうやって有名になっていったのか、調べてみたら意外と「誰も正確な事はわからない」のが移り変わる流行を物語っているな、と感じました!
流行もそのうち習慣になって、いずれ伝統になるのかな、と思うと感慨深いですね。
さて2022年の恵方は「北北西微北」……微北?!
北北西のちょっと北、らしいんですけど、何それ~(笑)
これはまた別の機会に突っ込みブログを書くことにして。
※2/14 追記:微北について書きました!
私は恵方を向いて恵方巻を食べることにします!
以上、マリリンでした~!
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